2006年11月15日

タイワンクツワムシ

木佐貫 篤(2006年 11月 15日)


 秋のこの時期になると庭のかたすみで「ぎちぎちぎち・・・」と大きな声で鳴く虫がいる。普通のクツワムシに比べるとかなり大きな声で激しい。タイワンクツワムシというのだそうだ。

 ず〜っと鳴いているので何分くらい鳴いているのかな?測ってやれと思ったが、いつも気付いたときには鳴き始めているので結局正確な時間はわからず。でも5分以上はずっと鳴いているようだ。

 真冬でも鳴き声をきくことがあるが、やはり地球温暖化のせいで、南方系から進出してきているのだろうか。

 さすがに11月に入っての冷え込みで鳴き声が少なくなってはいるが、まだまだ庭のあちこちで庭の主のような感じで鳴き続けている
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2006年11月03日

一ツ葉海岸の離岸堤

林裕美子(2006年 11月 03日)


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 宮崎海岸には、砂の流出を防ぐ目的で造られた様々な海岸構築物がありますが、一ツ葉海岸の一番南の端には、離岸堤があります。岸から離して消波ブロックを積んだ壁を築き、沖からの波が浜に直接押し寄せないようにするためのものです。ここには、北のほうに5基、その南の少し沖合いに7基、合計で12基の離岸堤があります。

 砂の上に置いてあるだけなので、年月が経つと離岸堤全体が砂の中に沈んでいきます。波の上に出ていないと漁船などが衝突する危険が出てくるため、南にある7基は、消波ブロックを足してかさ上げしてあります。北の5基はまだかさ上げしていないので、満潮時には、ほとんど波間に隠れてしまいます。少し前に、すでに船が衝突するという事故が起きているそうです。

 上の写真は、かさ上げした離岸堤です。写真の遠景には宮崎港の突堤が写っています。突堤の先端を矢印で示しました。この突堤が伸びてから一ツ葉海岸は砂の浸食が著しくなりました。でもこの写真を見ると、広い砂浜が広がっていると思いませんか?実際、砂丘も防風柵の海側に大きく成長しています。この部分には緩傾斜護岸がないので、離岸堤を作りさえすれば、このように砂浜が保全できるのかと思いました。

 ところが、このあたりの浜に詳しい方に聞いてみると、この離岸堤の部分の砂浜は自然に出来たものではなく、一ツ瀬川河口から砂を運んできて形成されたものだそうです。広い砂浜ができたというのはぬか喜びでした。でも考えてみると、いくら砂浜が広いと言っても、広々とした海が眼前にあってこそ砂浜です。波打ち際に立って離岸堤を見上げてみるとわかりますが、目の前に消波ブロックの山があるというのは、ものすごい圧迫感です。
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2006年11月02日

丸野稲荷神社の巨樹

坂元守雄(2006年 11月 02日)


 宮崎県が1996年に公表した巨樹等の分布状況調査の市町村別巨樹分布一覧表に、宮崎市の丸野稲荷神社のハナガカシは次のように記載されている。

  場所        稲荷神社境内
  所在地       大字鏡洲字丸野836
  所有者       神社
  樹種名       ハナガカシ
  本数        1
  推定樹齢      200年
  幹周        240cm
  樹高        25m
  指定文化財の種類  市指定郷土の名木

 ハナガカシは前にも記載したように、他県では自生が極端に少なく、県内の照葉樹林や神社境内ではよく自生していて宮崎県の木といってよいほど貴重な木であるが、それでも、気をつけて見ないと簡単には見当たらない。この巨樹分布一覧表でもハナガカシは、宮崎市では丸野のハナガカシが1本だけである。

 2年ほど前、丸野神社のハナガカシを見に行った。丸野稲荷神社は加江田渓谷入口の丸野集落内にある。境内には他にも巨木が社殿の周りに立ち、中でも、スダジイとバリバリノキの巨木がひときわ目を引いた。が、ハナガカシは見当たらない。バリバリノキの下の標柱には「郷土の名木 バリバリノキ」とある。

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 私は、バリバリノキのこのような大木を見たのは初めてである。巨樹分布一覧表にも県内のバリバリノキの巨樹の記載はない。バリバリノキは照葉樹林の構成種だが、スギ林などでもよく見かける木である。私が知っているバリバリノキは、幹は細くて高さはせいぜい5〜6メートルであるが、図鑑によると10〜15メートルになる常緑高木とある。丸野神社の「郷土の名木バリバリノキ」が本当なら日本一のバリバリノキになるだろう。どちらかの間違いとすれば、県か宮崎市かどちらの間違いであろうか。

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 早速、市の担当者に電話をして指摘したところ、調べる、ということであった。ある期間が過ぎて、再度電話で照会すると、落ち葉を見るとハナガカシのようだ、秋にドングリがあればハナガカシと断定できるのでその時期まで待ちたい、との返事であった。先日、ドングリのことを思い出して丸野神社へ行った。標柱にはバリバリノキとあり、2年前と何も変わったところはなかった。ドングリも探したが見当たらなかった。ドングリの落ちる時期には少し早かったかもしれない。

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2006年09月23日

宮崎県のコウヤマキ

坂元守雄(2006年 09月 23日)


 去る9月13日の新聞は、「6日に誕生した秋篠宮家の男子のお名前が「悠仁」に決まり、身の回りの品に付ける「お印」は、日本固有の常緑高木の「高野槙」に決定した。」と報じた。

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 コウヤマキは、全国の古墳からも出土するように、古代から重宝されてきたわが国原産の樹木である。尾根筋の特殊な場所に成育し、直立して高木になり、一年中、瑞々しい緑の葉を見せる。今では、コウヤマキ群落は国内でも少なくなり、「植物群落レッドデータブック」では、緊急に保護が必要な群落とされ、最上位にランクされている。
 そのコウヤマキは、宮崎県を南限としているが、九州他県では姿を消し、宮崎県の中央部山地にしか自生していない、きわめて希少な樹木となっている。宮崎県のコウヤマキは、尾鈴山系の矢筈岳にブナと共生する形で2000本を超す群落が1989年に確認され、県内最大の群落となっている。木城町の大瀬内山山系には、昭和30年代まで、照葉樹と共生して、「大瀬内谷のコウヤマキ群落」といわれた大規模な自生地があったと調査記録にあるが、伐採や開発で消失し、現在、数えられるほどの姿を尾根にとどめている。1999年に、九州電力が小丸川揚水発電所の上ダムを建設するにあたり、大瀬内谷のひと山を掘削し、コウヤマキ群落を消失させたことも記しておこう。西都市にはコウヤマキの巨樹が尾八重と三納にあり、尾八重の巨樹は高さ26m、幹回り570cm、三納の巨樹は高さ19m、幹回り410cmである。

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 コウヤマキは、九州では宮崎県にしか自生していない希少な木であり、宮崎県の木にしてもよいほどである。今回、悠仁親王の「お印」になったのを機に、宮崎県のコウヤマキが、価値のある大事な木であることを多くの人が知ってくださることを願っている。

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2006年08月31日

うみがめの産卵調査

木佐貫 冬星(2006年 08月 31日)


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7月と8月にウミガメの産卵地である木崎浜でウミガメの産卵を見届ける観察会が行われた。(宮崎野生動物研究会が行っているウミガメの調査に参加させていただいたもの。串間先生ありがとうございました。母注)

この観察会には僕も参加し、ウミガメの産卵跡などを見た。
数回観察会は行われたが、ウミガメを見ることは出来なかった。
しかし、ウミガメのタマゴを見ることは出来た。
宮崎大学生が子供の国の海岸でウミガメのタマゴを見つけたのだ。(調査に参加している宮崎大学のサークル、ワイルドライフアソシエーションの皆さんのこと。母注)
写真はそのタマゴを孵化場に移植する場面である。

そして8月の観察会最終日。
我々はいつもどおり木崎浜の加江田川河口から清武川方面に向かって歩いた。清武川の側には6月初めに産まれたウミガメの子供達が孵化して歩いた跡が残っていた。

そしてそのころ、清武川の青島側で観察をしていた宮大生達がウミガメを見たというのだ。その後彼らはタマゴを見つけて戻って来た。タマゴはわずか5センチくらいの大きさである。
そのタマゴを孵化場に移植した後、我々は6月に移植されたタマゴを掘り出すことにした。
ウミガメが孵化した時に、穴の中には子供が数匹取り残されるらしいのだ。穴を掘ってみたがほとんどのタマゴはまだ孵化していない。仕方なく埋めようとしたその時、僕は手に砂とはちがう別の感触のものがあるのに気付いた。僕の手の先には体長わずか5〜10センチほどのウミガメの子供がいた。

その子供を海まで運んでやって、ウミガメの子供を海に放した。
ウミガメは孵化してからアメリカを目指して旅立ってゆく。
一人前になって日本に帰ってくるのは1000頭に1・2頭だと言われている。今回僕らの放したウミガメは日本に戻ってくるのだろうか、いや、日本に戻ってくることを信じていたい・・・

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2006年08月29日

森の傷あと

坂元 守雄(2006年 08月 29日)


綾の森に入ると、人が森に関わったさまざまな痕跡に出会う。木材搬出のトロッコ道をはじめ、炭焼き釜であったり、木材搬送索道コンクリート盤台であったり、川中神社の古参道であったりする。綾の森は古い時代から、人と森との関わりがあり、それらは記録に残っていることもあり、記録にはないまま森の中に痕跡だけを残しているものもある。痕跡さえ残さず森の中に消えた人と森との関わりもあるのであろう。

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 写真は「照葉大吊橋」から上流へ約2キロの綾南川渓谷で撮ったもの。川を見下ろす斜面の高さ5メートルほどの所に、傾斜に抗うようにしっかり根を張って立つシイである。幹周1,5メートルほどの幹の表面には幾重にも巻かれたワイヤーの痕が残り、幹を傷つけていたことがわかる。伐採の際に搬送の支柱にしたものであろう。

 綾の森は、大正時代から大規模な伐採がはじまり、現在の森のほとんどはその後に成長した二次林である。その二次林も昭和30年代からの拡大造林政策によって伐採されるようになった。先見的な偉業として語り継がれている、1967年(昭和42)の、郷田実町長の先導する伐採反対運動によって残された吊り橋周辺の森を表の綾の森と言えれば、とくに綾北川斜面のあまり人の目に付かない大森岳北面は伐採された部分が多く、裏の綾の森と言える。

 写真のシイは表の綾の森の中にある。シイが残した傷あとは何時の伐採によるものであろうか。それほど古い傷あとにも見えないので、近年、部分的な伐採があったのかもしれない。いずれにしても、人が森に関わった痕跡から、森の歴史を知り、過去の関わりをたずねたりすることは、これからの森との関わりを考えるうえで大事なことのように思われる。
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2006年08月20日

こなら亭はクモ屋敷

木佐貫 篤(2006年 08月 20日)


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 こなら亭には生き物がたくさん住んでいることは以前にも書きましたが、クモもその一種です。季節ごとに様々なクモが巣を張り獲物を待ち構えています。

 もちろん巣を張らないクモもたくさんすんでいて、さながらクモ屋敷。夕方から巣を張り始め、夜から朝にかけて獲物を待ち構えている様です。

 朝、朝刊を取りに家から出る時には気をつけないと人間がクモの巣にとりこまれてしまいます。

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 先日、たまたま獲物がかかっているのを見かけました。このように大きな虫(キリギリスの仲間か?)がかかることもあるのですね。クモにはとてもよいごちそうだったことでしょう。

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2006年08月07日

真夏の森

坂元守雄(2006年 08月 07日)


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 炎天の続く8月の初旬、濃緑一色に染まった綾の森は、群青の空の下に静かに横たわったように見える。時折、真っ白な雲が現れ、尾根に沿って移動し、そして消える。渓谷からかすかに谷川の流れの音が聞こえ、むせ返る森の暑気の中で清涼な気分を漂わせながらも、むしろそのことによって真夏の森の静けさは増幅しているように感じられる。

 春先から初夏にかけて、森の1本1本の樹木が言葉では言い尽くせないほどの彩りの変化を見せて、照葉樹の持つエネルギーの全てを表出したような比類のない美しさを演出した森が、この時季、濃緑一色に静まり返る森の風景は、双方の情景を知った人でなければ想像できないほどの異なった情景である。

 だが、人の目には濃緑一色で変化に乏しく見える静かな盛夏の森こそ、実際には、もっとも活動している森の姿ではないかと思われる。植物は炎天の日差しを受けて光合成を活発にし、森を棲みかとするもろもろの生物は、もっとも繁殖活動を盛んにしている時季ではないか。その活動のほとんどが人の目に見えないだけなのだと思う。むしろ、春から初夏へかけての際立って見える森のエネルギーの全ては、この炎天の中で静かに育まれ、蓄えられているのではないか。育まれ、蓄えられた森のエネルギーは、秋の紅葉や落葉をやり過ごして、エネルギーを消耗することもなく、全ては春から初夏への彩りを競う時季、花開く時季に一挙に発散されるように見える。そのような勝手な思いを巡らせながら炎天の下の照葉樹の森を眺める。

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2006年08月04日

水まき

木佐貫 篤(2006年 08月 04日)


 夏のこなら亭の仕事の1つに「庭の水まき」がある。

 庭にはいると直射日光を木々がさえぎるおかげで、庭の外からすると1〜2度くらい温度が低いようでほっとする。

 でも強烈な宮崎の夏の日差しを一日受けるだけで、地面がかなり乾燥してしまう。そのため天気の良い日は必ず夜に水まきをせねばならない。やぶ蚊との戦いもオプションでついてくる夜の重労働なのである。

 でも、ここ2、3日は夕方から夜にかけて夕立がきて雨をたくさん降らせてくれたので水まきは一休み。ラッキー!
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2006年07月24日

かまきり

木佐貫 篤(2006年 07月 24日)


 こなら亭には、たくさんの昆虫が住んでいるが、かまきりもよく見かける昆虫である。

 かまきりといえば、他の昆虫などを食べる獰猛な昆虫として知られているのだが、そのかまきりがたくさんいるということは、それだけたくさんの昆虫がこの庭で暮らしているということ。

 すなわち、かまきりをトップとする食物連鎖の環が成り立っているということでもある。

 もちろんこのかまきりはモズなどのえさになるわけなので、もっと大きな食物連鎖の環があるということ。

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 この時期は、幼虫期のかまきり(まだ羽がはえていない)をみかけることができる。このうちの何匹が成虫となって秋に産卵を迎えるのだろうか。

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