2008年07月01日

新生「みやざきの自然」が再始動

 ブログとして新しくなった新生「みやざきの自然」が、再始動しました。
 書き込みのテストとして、写真をコラムにアップします。

「青島」の元宮様前から、ビロウの陰を通して見る星空。撮影は、昨年12月4日。
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2007年04月12日

高房台の森

坂元守雄(2007年 04月 12日)


 宮崎市から西方に台地が見える。高岡町から田野町に至る台地で高房台という。標高は約300メートル、宮崎市からは平坦に見えるが、現地は谷が複雑に入りこんだ山地である。昭和30年代前半まではこの一帯、約1500へクタ―ルの国有林に樹齢100年を超す照葉樹が繁茂していたという。30年代以降伐採が行われ、その大部分が消失し、スギ、ヒノキの人工林に代わった。現在は約100ヘクタールばかりの照葉樹林が残存し、そのうち、59,14ヘクタールが、ツブラジイ、スダジイ、イチイガシ、イスノキ、イヌマキの林木遺伝資源保存林として保護されている。

 保存林の一部は「高房台風致探勝林」になっていて、以前、高岡町のキャンプ場があったところである。谷の小川を挟んで照葉樹の高木が立ち並び、遊歩道もあって自然観察や森林浴を楽しむ格好の場所となっている。5月ごろからは、オオルリ、アカショウビン、サンコウチョウなどの夏鳥の鳴き声が聞かれ、秋にはヤッコソウも見られる。
 
 高岡町中心部から約4キロ、悪路の林道を行かねばならないが一度は見ておきたい郷土の森である。風致探勝林から南へ1,3キロの展望所からは宮崎市が一望される。

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2007年02月12日

早春の照葉樹林

坂元守雄(2007年 02月 12日)


 2月のこの時季、綾の森は全体的には濃い緑色に沈んでいるように見える。ただ陽の向きによってそれらは変化する。逆光で見ると、陽をうける高木は照葉樹特有のきらきらと輝く光を放つので、影の部分は濃緑に、光る部分は灰白色に見える。午後の陽が傾きかける頃が、森は最も強く光り輝く。しかも1年のうちでこの時季が最も照葉樹らしく森を光らせる。

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 綾の森で人の干渉がほとんど及んでいない場所がある。と言っても原生林ではない。綾南川と綾北川は大森岳周辺の10kmほどは連続したV字谷を形成している。V字谷の最下部、川に接する部分はほとんど人の手が入っていない。V字谷の斜度は40度〜60度といわれているので、この部分の斜度はどこでも60度前後であろう。その険しい斜面で樹齢200年を超えると思われる大木を見ることがあるが、それは極めて珍しい。ほとんどの樹木は樹齢が若く、それに、照葉樹のなかに落葉樹がよく目に付く。つまり、照葉樹林としては未成熟の森である。

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 写真の場所は、綾南川の南面の谷で、谷川からほぼ垂直に崖が立ち上がっている。樹木は他の場所では見られない鮮やかな緑色を見せている。クスノキの群落のように見受けられる。その間に落葉樹が進出しているが、多分、ニレ科のムクノキかエノキもしくはハルニレであろう。すでに若葉の萼を赤く色づかせている。ここは人の干渉はないものの、風雨のほかに上部からの土砂崩落に始終見舞われる自然条件の最も厳しい場所であることがわかる。そんな場所でやむなく世代更新をしながらも、照葉樹の常緑広葉樹も照葉樹の隙間に進出した落葉広葉樹も、悪条件に耐えながらそれぞれの存在を誇示しながら生きていて、早春の森のドラマを見せているように思われる。
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2007年02月05日

春の訪れ

木佐貫 篤(2007年 02月 05日)


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 昨日は立春。日中は3月なみの陽気まで気温が上昇したらしく、暖かな一日でした。

 庭掃除をしながら、こならの落葉を片付けていたら、ミツバツツジが花を咲かせているのに気付きました。このミツバツツジはこなら亭で春一番最初に花をつけるツツジです。毎年2月頃のまだ寒い時期から花が咲き始めます。

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 暖かな庭のつくばいには、様々な野鳥達が交代で水浴び・水飲みに来ていました。ジョウビタキ、ツグミ、モズ、シロハラ、キジバト。彼らにとってもほっとする暖かさだったことでしょう。
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2007年01月17日

こなら亭は鳥天国

木佐貫 篤(2007年 01月 17日)


 鳥インフルエンザ騒動のさなかの休日、天気がよく穏やかだったからでしょうか、こなら亭にはたくさんの野鳥がやって来ました。ジョウビタキ(オス、メス)、ヒヨドリ、シロハラ、メジロ、コゲラ。

 前回、メジロが少ないと書きましたが、この日は6-7羽のメジロがまとまってやってきて椿の蜜を吸ったり水浴びしたりしていました。やはり群れでやってくるとほっとしますね。

 そして珍客コゲラもやって来ました。自分が見たのは本当に10年ぶりくらい(ほとんど家にいないせい?)。コナラに止まり移動しながら幹をつついていました。

 少なくとも彼らは皆元気そう。ほっとしました。
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2006年12月30日

久しぶりのメジロ

木佐貫 篤(2006年 12月 30日)


 御用納めが終わる頃、こなら亭の庭には大量の落葉樹が落ちてきますので、庭掃除をせねばなりません。庭のあちこちを掃除しながらコソコソとしている間にも、鳥たちがつくばいにやってきて水を飲んだり水浴びをしたりします。

 今日は久しぶりにジョウビタキ(メス)を見かけました。じっとみていたらすぐそばに同じくらいに小さな鳥が。ジョウビタキは縄張りを持っているので『?』とおもったらなんとメジロでした。よく考えればこの1-2年メジロが庭に来ていません。話によるとほかでも見かけないらしく、メジロの生態に変化があったのかと心配していました。

 以前メジロは集団で水浴びとかに来ていたような記憶がありますが、今日は一羽だけ。やはりメジロに何かがおこったのでしょうね。心配です。
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2006年12月19日

森づくりの不思議

坂元守雄(2006年 12月 19日)


 1996年の3月、市民団体「水源の森づくりをすすめる市民の会」が大淀川の支川、境川の沿川の国有林1ヘクタールに広葉樹を5種、2000本を植樹してから10年が過ぎた。スギ林の伐採跡地に植樹して1年後、植樹地にはほかの樹木がたくさん芽を出してみんなを驚かせた。毎年2回の草刈りのとき、それらは除伐の対象になるはずだったが、会ではそれらも植樹木とともに育てることにした。植樹後3年になると自生木の方が威勢がよく、そのほとんどは植樹木の背丈を超えて成長した。植樹地には植樹した5種のほかに一体何種類の樹木が成長しているのか。植樹して4年後の2000年7月、植物の専門家に調べてもらった。その結果、常緑樹26種、落葉樹21種が確認された。そのとき、植樹木の高さはおしなべて2メートル程度であったが、自生木は高いもので4.7メートルあった。なによりみんなが不思議に思ったことは、50年近い時間を経たスギ林の跡地になぜこのようにたくさんの樹木が自生するのか、その種はどこからきたのか、ということであった。

 植樹してから10年が経過し、植樹地の樹木は高木類は高さ10メートルを越して、りっぱな森を形成している。くぼ地には水がしみだして流れができた。流れには生物が棲みついている。12月の初旬、自生木を調べてからすでに6年が過ぎているので、その後の植樹地の樹木を調べてみようと、専門家とともに森に入り樹木を確認して回った。その結果は、常緑樹30種、落葉樹30種であった。そのうち常緑高木は22種、落葉高木は17種であった。森や森の樹木は、人がおしはかることのできない変化を見せながら成長し、森に向き合う人をひきつけてやまない。

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2006年12月11日

紅葉

木佐貫 篤(2006年 12月 11日)


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 12月となると落葉樹の多いこなら亭でも紅葉が見られます。とはいえ短い秋の宮崎のせいか、きれいな紅葉を見ることはあまりありません。今年も秋の少雨と暖かさのためでしょうか、多くの葉は紅葉せずに枯れた感じで落ちつつあります。

 そんななか、毎年きれいな紅葉をみせてくれるイロハモミジ。自宅入口に植えてありますが、様々な赤色に染まっている様が本当に晩秋を感じさせてくれます。

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 このモミジ、実は約15年くらい前に町営国民宿舎「青井岳荘」から持ち帰ったものなのです。

 青井岳荘の川沿いにモミジ並木がありますが、盛夏にいきますと地面にたくさんの双葉から3つ葉程度のかわいらしいモミジがでています。それを持ち帰って鉢に植えていたものです。

 約10年前に自宅庭を造った時に移植してからぐんぐんと大きくなって今では約4mくらいの高さになりました。苗木レベルから育てた木のひとつなので愛着もひとしおです。
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2006年11月29日

礫浜(れきはま)と海岸林

林裕美子(2006年 11月 29日)


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 大きな河川が海へ注ぐ区域には浜があります。宮崎市付近では、それが細かい砂だけでできる砂浜です。少し北の高鍋町まで行くと、砂に、子供のこぶし大の小石が混じるようになります。その北の川南町になると、また砂浜になりますが、さらに北の都農町に入ると、直径が10cm、20cmもある石ばかりの浜になります。礫浜です。礫の下は砂なので、干潮のときの波打ち際には砂浜が広がるところもあります。川南町の平田(へだ)川から日向市の耳川にかけての礫浜を歩いてきました。歩きにくいこと、このうえもないのですが、砂浜とは違う海岸の様子を見ることができました。

 満潮時になると、波は、何千、何万個とある石を洗います。波が引いていくときに石が少し動きます。このときに、石がぶつかり合う音が出るのですが、無数の「コツン」という音が同時に湧き起こり、独特の礫浜の音が聞こえます。大きな打ち上げ花火が空で広がる時の音を間近で聞いたことがありますか?ドン!という最初の広がりのあとに、たくさんの小さな花火が周りではじける趣向のものがあります。そのたくさんの小さな花火がはじけるときに、「バッバッバッバ.......」という連続した破裂音が聞こえます。礫浜の音は、このときの音に似ていました。

 石ばかりがごろごろしている浜でも、植物は浜の丘を広げるべく、日夜奮闘してます。上の写真で石の上を這っているのはハマゴウです。都農の海岸では、ハマゴウだけでなく、ハマヒルガオ、ハマエンドウなどが礫の表面を覆っているのをあちらこちらで見ました。マサキやツルヨシといった植物も、茎や地下茎を一直線に浜に向かって伸ばしていました。波が高いときには海水をかぶり、強い風が吹けば、せっかく伸ばした地下茎から地上に出る茎も倒されるかもしれません。でも、そんなことへっちゃら!と言っているような勢いでした。

 そして、この元気いっぱいの海岸植物の背後には、黒々と照葉樹の海岸林が広がります。海岸林というと、人が営々と植えてきた松林を思い浮かべる人も多いと思いますが、都農町の海岸は、照葉樹の自然林です。海岸際では、ハマヒサカキ、マサキなどの背が低い木が目につきました。少し陸側に入ると、シャリンバイ、マテバシイなどがあります。リニアモーターカーの実験線の高架が海岸に沿ってありますが、海岸林の高さは、この高架を超えるほどになっています。

 このように、すばらしい自然の海岸環境ですが、至るところにコンクリートの護岸がありました。昨年2005年10月4日に、一度浜を見に行ったことがあります。9月の台風のためか、礫浜に生えているはずの植物は見当たらず、その陸側の照葉樹の木々が無残に枯れた幹をさらしていました。

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 気になっていたので、今年の夏にもまた、同じところを見に行きました。枯れた木々はそのままでしたが、近寄ってよく見ると、木々の根元には、さまざまな海岸植物が競うように育っていました。ハマボッス、ツワブキ、などが目立ちました。そして浜の方へ向かって茎を伸ばし始めたハマヒルガオが、植物最前線でピンクの花を咲かせていました。

 残念なことに、植物が枯れた一部の区域には、すでに真新しい傾斜護岸が建設され、それを護るために、海の中には消波ブロックの列が築かれていました。下の写真は、上の写真と同じ場所を2006年7月20日に撮影したものです。植物が浜を修復するのを、もう少し待ってほしかったと思いました。

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尾鈴山瀑布群

坂元守雄(2006年 11月 29日)


 1944年(昭和19)に国の名勝に指定された「尾鈴山瀑布群」は、名貫川の上流にあたる尾鈴山の3つの谷、矢研(やとぎ)谷、甘茶(あまちゃ)谷、欅(けやき)谷に架かる30余の滝をいう。そのうち、矢研谷の「矢研の滝」は高さ73m、水量豊富な名瀑で、1990年に「日本の滝100選」に選ばれた。欅谷の名瀑、白滝(高さ75m)までの間には大小10数条の滝があり、滝めぐりの白滝コースとして親しまれている。甘茶谷は尾鈴山登山道に沿った谷で、小滝が多いが渓流や淵の美しさがとくに目を引く渓谷である。

 尾鈴山はかつて植生が豊かで植物の宝庫といわれたが、現在、中腹は大規模に伐採され、山頂部と瀑布群周辺だけがかろうじて伐採を免れ、深山の名残をとどめている。滝めぐりコースでは、照葉樹の中に落葉広葉樹が混じり渓谷の眺めをより美しく見せているのが印象的である。

 11月の中旬、連れ立って矢研の滝まで行った。矢研の滝へはキャンプ場から遊歩道を30分ばかりで行ける。渓谷を見下ろす曲がりくねった崖の道が滝まで続く。途中の小滝や変化する渓流を眺めながらゆっくり歩く。ここの特徴は、渓谷や遊歩道周辺の照葉樹林と点在する落葉樹の植生が歩道を曲がるたびにさまざまに変わり興味をそそることであろう。狭い空から差し込む日差しに谷や樹木が変化しながら光るのにも目を奪われる。歩道を少し下ると正面に矢研の滝が立ちはだかるように見える。高さにも幅にも水量にもびっくりするような大きさで立派な滝である。キャンプ場では盛りの紅葉が見られたが、滝の周辺では紅葉はなくカエデもまだ青々としていて秋の滝風景は後しばらくかかりそうだ。

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2006年11月28日

秋といえば・・・

木佐貫 冬星(2006年 11月 28日)


 秋といえば、松茸、栗などの食べ物を連想される方も多いでしょうが、こなら亭ではドングリがなっています。

 こなら亭のドングリは小楢とシイ、カシの3種類です。

 秋の終わり、ちょうどこの頃になるとドングリは一斉に落ち始めてきます。夏の始めにはドングリは緑色のほんの小さな粒でした。夏が過ぎて秋に入るとドングリは次第に茶色く色づきはじめます。そして春になると落ちたドングリが一斉に双葉を出します。

 この時期、みなさんもドングリについて考えてみてはいかがでしょうか。
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2006年11月24日

冬の鳥

木佐貫ひとみ(2006年 11月 24日)


 待望の、まとまった雨がようやく降りました。今年は秋の長雨もなく記録的な小雨。こならの庭にも毎日のように水まきが必要な秋でした。

 この雨とともに、寒さがやってきました。庭に散らばるように生えているヤブコウジの実が赤く色づきはじめ、冬鳥がやってきました。

 秋のはじめ、モズが高い声で鳴いた後、ヒヨドリが姿を見せ始めると秋が深まり、ジョウビタキが現れると冬の始まり。そして、シロハラくんがかさこそと落ち葉を引っくり返しながら庭を歩きはじめると、本格的な冬の到来です。

 毎冬、毎日のように庭を歩き回っているシロハラ。もう10年欠かさず姿を見せてくれるのですが、同じ個体なのでしょうか。 冬になるとまるで家族のように毎日庭にいるので、うちでは“シロハラくん”と呼んで親しんでいます。

 今年は11月9日に一度だけ姿を見せてくれました。


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2006年11月15日

タイワンクツワムシ

木佐貫 篤(2006年 11月 15日)


 秋のこの時期になると庭のかたすみで「ぎちぎちぎち・・・」と大きな声で鳴く虫がいる。普通のクツワムシに比べるとかなり大きな声で激しい。タイワンクツワムシというのだそうだ。

 ず〜っと鳴いているので何分くらい鳴いているのかな?測ってやれと思ったが、いつも気付いたときには鳴き始めているので結局正確な時間はわからず。でも5分以上はずっと鳴いているようだ。

 真冬でも鳴き声をきくことがあるが、やはり地球温暖化のせいで、南方系から進出してきているのだろうか。

 さすがに11月に入っての冷え込みで鳴き声が少なくなってはいるが、まだまだ庭のあちこちで庭の主のような感じで鳴き続けている
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2006年11月03日

一ツ葉海岸の離岸堤

林裕美子(2006年 11月 03日)


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 宮崎海岸には、砂の流出を防ぐ目的で造られた様々な海岸構築物がありますが、一ツ葉海岸の一番南の端には、離岸堤があります。岸から離して消波ブロックを積んだ壁を築き、沖からの波が浜に直接押し寄せないようにするためのものです。ここには、北のほうに5基、その南の少し沖合いに7基、合計で12基の離岸堤があります。

 砂の上に置いてあるだけなので、年月が経つと離岸堤全体が砂の中に沈んでいきます。波の上に出ていないと漁船などが衝突する危険が出てくるため、南にある7基は、消波ブロックを足してかさ上げしてあります。北の5基はまだかさ上げしていないので、満潮時には、ほとんど波間に隠れてしまいます。少し前に、すでに船が衝突するという事故が起きているそうです。

 上の写真は、かさ上げした離岸堤です。写真の遠景には宮崎港の突堤が写っています。突堤の先端を矢印で示しました。この突堤が伸びてから一ツ葉海岸は砂の浸食が著しくなりました。でもこの写真を見ると、広い砂浜が広がっていると思いませんか?実際、砂丘も防風柵の海側に大きく成長しています。この部分には緩傾斜護岸がないので、離岸堤を作りさえすれば、このように砂浜が保全できるのかと思いました。

 ところが、このあたりの浜に詳しい方に聞いてみると、この離岸堤の部分の砂浜は自然に出来たものではなく、一ツ瀬川河口から砂を運んできて形成されたものだそうです。広い砂浜ができたというのはぬか喜びでした。でも考えてみると、いくら砂浜が広いと言っても、広々とした海が眼前にあってこそ砂浜です。波打ち際に立って離岸堤を見上げてみるとわかりますが、目の前に消波ブロックの山があるというのは、ものすごい圧迫感です。
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2006年11月02日

丸野稲荷神社の巨樹

坂元守雄(2006年 11月 02日)


 宮崎県が1996年に公表した巨樹等の分布状況調査の市町村別巨樹分布一覧表に、宮崎市の丸野稲荷神社のハナガカシは次のように記載されている。

  場所        稲荷神社境内
  所在地       大字鏡洲字丸野836
  所有者       神社
  樹種名       ハナガカシ
  本数        1
  推定樹齢      200年
  幹周        240cm
  樹高        25m
  指定文化財の種類  市指定郷土の名木

 ハナガカシは前にも記載したように、他県では自生が極端に少なく、県内の照葉樹林や神社境内ではよく自生していて宮崎県の木といってよいほど貴重な木であるが、それでも、気をつけて見ないと簡単には見当たらない。この巨樹分布一覧表でもハナガカシは、宮崎市では丸野のハナガカシが1本だけである。

 2年ほど前、丸野神社のハナガカシを見に行った。丸野稲荷神社は加江田渓谷入口の丸野集落内にある。境内には他にも巨木が社殿の周りに立ち、中でも、スダジイとバリバリノキの巨木がひときわ目を引いた。が、ハナガカシは見当たらない。バリバリノキの下の標柱には「郷土の名木 バリバリノキ」とある。

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 私は、バリバリノキのこのような大木を見たのは初めてである。巨樹分布一覧表にも県内のバリバリノキの巨樹の記載はない。バリバリノキは照葉樹林の構成種だが、スギ林などでもよく見かける木である。私が知っているバリバリノキは、幹は細くて高さはせいぜい5〜6メートルであるが、図鑑によると10〜15メートルになる常緑高木とある。丸野神社の「郷土の名木バリバリノキ」が本当なら日本一のバリバリノキになるだろう。どちらかの間違いとすれば、県か宮崎市かどちらの間違いであろうか。

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 早速、市の担当者に電話をして指摘したところ、調べる、ということであった。ある期間が過ぎて、再度電話で照会すると、落ち葉を見るとハナガカシのようだ、秋にドングリがあればハナガカシと断定できるのでその時期まで待ちたい、との返事であった。先日、ドングリのことを思い出して丸野神社へ行った。標柱にはバリバリノキとあり、2年前と何も変わったところはなかった。ドングリも探したが見当たらなかった。ドングリの落ちる時期には少し早かったかもしれない。

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2006年09月23日

宮崎県のコウヤマキ

坂元守雄(2006年 09月 23日)


 去る9月13日の新聞は、「6日に誕生した秋篠宮家の男子のお名前が「悠仁」に決まり、身の回りの品に付ける「お印」は、日本固有の常緑高木の「高野槙」に決定した。」と報じた。

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 コウヤマキは、全国の古墳からも出土するように、古代から重宝されてきたわが国原産の樹木である。尾根筋の特殊な場所に成育し、直立して高木になり、一年中、瑞々しい緑の葉を見せる。今では、コウヤマキ群落は国内でも少なくなり、「植物群落レッドデータブック」では、緊急に保護が必要な群落とされ、最上位にランクされている。
 そのコウヤマキは、宮崎県を南限としているが、九州他県では姿を消し、宮崎県の中央部山地にしか自生していない、きわめて希少な樹木となっている。宮崎県のコウヤマキは、尾鈴山系の矢筈岳にブナと共生する形で2000本を超す群落が1989年に確認され、県内最大の群落となっている。木城町の大瀬内山山系には、昭和30年代まで、照葉樹と共生して、「大瀬内谷のコウヤマキ群落」といわれた大規模な自生地があったと調査記録にあるが、伐採や開発で消失し、現在、数えられるほどの姿を尾根にとどめている。1999年に、九州電力が小丸川揚水発電所の上ダムを建設するにあたり、大瀬内谷のひと山を掘削し、コウヤマキ群落を消失させたことも記しておこう。西都市にはコウヤマキの巨樹が尾八重と三納にあり、尾八重の巨樹は高さ26m、幹回り570cm、三納の巨樹は高さ19m、幹回り410cmである。

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 コウヤマキは、九州では宮崎県にしか自生していない希少な木であり、宮崎県の木にしてもよいほどである。今回、悠仁親王の「お印」になったのを機に、宮崎県のコウヤマキが、価値のある大事な木であることを多くの人が知ってくださることを願っている。

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2006年08月31日

うみがめの産卵調査

木佐貫 冬星(2006年 08月 31日)


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7月と8月にウミガメの産卵地である木崎浜でウミガメの産卵を見届ける観察会が行われた。(宮崎野生動物研究会が行っているウミガメの調査に参加させていただいたもの。串間先生ありがとうございました。母注)

この観察会には僕も参加し、ウミガメの産卵跡などを見た。
数回観察会は行われたが、ウミガメを見ることは出来なかった。
しかし、ウミガメのタマゴを見ることは出来た。
宮崎大学生が子供の国の海岸でウミガメのタマゴを見つけたのだ。(調査に参加している宮崎大学のサークル、ワイルドライフアソシエーションの皆さんのこと。母注)
写真はそのタマゴを孵化場に移植する場面である。

そして8月の観察会最終日。
我々はいつもどおり木崎浜の加江田川河口から清武川方面に向かって歩いた。清武川の側には6月初めに産まれたウミガメの子供達が孵化して歩いた跡が残っていた。

そしてそのころ、清武川の青島側で観察をしていた宮大生達がウミガメを見たというのだ。その後彼らはタマゴを見つけて戻って来た。タマゴはわずか5センチくらいの大きさである。
そのタマゴを孵化場に移植した後、我々は6月に移植されたタマゴを掘り出すことにした。
ウミガメが孵化した時に、穴の中には子供が数匹取り残されるらしいのだ。穴を掘ってみたがほとんどのタマゴはまだ孵化していない。仕方なく埋めようとしたその時、僕は手に砂とはちがう別の感触のものがあるのに気付いた。僕の手の先には体長わずか5〜10センチほどのウミガメの子供がいた。

その子供を海まで運んでやって、ウミガメの子供を海に放した。
ウミガメは孵化してからアメリカを目指して旅立ってゆく。
一人前になって日本に帰ってくるのは1000頭に1・2頭だと言われている。今回僕らの放したウミガメは日本に戻ってくるのだろうか、いや、日本に戻ってくることを信じていたい・・・

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2006年08月29日

森の傷あと

坂元 守雄(2006年 08月 29日)


綾の森に入ると、人が森に関わったさまざまな痕跡に出会う。木材搬出のトロッコ道をはじめ、炭焼き釜であったり、木材搬送索道コンクリート盤台であったり、川中神社の古参道であったりする。綾の森は古い時代から、人と森との関わりがあり、それらは記録に残っていることもあり、記録にはないまま森の中に痕跡だけを残しているものもある。痕跡さえ残さず森の中に消えた人と森との関わりもあるのであろう。

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 写真は「照葉大吊橋」から上流へ約2キロの綾南川渓谷で撮ったもの。川を見下ろす斜面の高さ5メートルほどの所に、傾斜に抗うようにしっかり根を張って立つシイである。幹周1,5メートルほどの幹の表面には幾重にも巻かれたワイヤーの痕が残り、幹を傷つけていたことがわかる。伐採の際に搬送の支柱にしたものであろう。

 綾の森は、大正時代から大規模な伐採がはじまり、現在の森のほとんどはその後に成長した二次林である。その二次林も昭和30年代からの拡大造林政策によって伐採されるようになった。先見的な偉業として語り継がれている、1967年(昭和42)の、郷田実町長の先導する伐採反対運動によって残された吊り橋周辺の森を表の綾の森と言えれば、とくに綾北川斜面のあまり人の目に付かない大森岳北面は伐採された部分が多く、裏の綾の森と言える。

 写真のシイは表の綾の森の中にある。シイが残した傷あとは何時の伐採によるものであろうか。それほど古い傷あとにも見えないので、近年、部分的な伐採があったのかもしれない。いずれにしても、人が森に関わった痕跡から、森の歴史を知り、過去の関わりをたずねたりすることは、これからの森との関わりを考えるうえで大事なことのように思われる。
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2006年08月20日

こなら亭はクモ屋敷

木佐貫 篤(2006年 08月 20日)


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 こなら亭には生き物がたくさん住んでいることは以前にも書きましたが、クモもその一種です。季節ごとに様々なクモが巣を張り獲物を待ち構えています。

 もちろん巣を張らないクモもたくさんすんでいて、さながらクモ屋敷。夕方から巣を張り始め、夜から朝にかけて獲物を待ち構えている様です。

 朝、朝刊を取りに家から出る時には気をつけないと人間がクモの巣にとりこまれてしまいます。

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 先日、たまたま獲物がかかっているのを見かけました。このように大きな虫(キリギリスの仲間か?)がかかることもあるのですね。クモにはとてもよいごちそうだったことでしょう。

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2006年08月07日

真夏の森

坂元守雄(2006年 08月 07日)


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 炎天の続く8月の初旬、濃緑一色に染まった綾の森は、群青の空の下に静かに横たわったように見える。時折、真っ白な雲が現れ、尾根に沿って移動し、そして消える。渓谷からかすかに谷川の流れの音が聞こえ、むせ返る森の暑気の中で清涼な気分を漂わせながらも、むしろそのことによって真夏の森の静けさは増幅しているように感じられる。

 春先から初夏にかけて、森の1本1本の樹木が言葉では言い尽くせないほどの彩りの変化を見せて、照葉樹の持つエネルギーの全てを表出したような比類のない美しさを演出した森が、この時季、濃緑一色に静まり返る森の風景は、双方の情景を知った人でなければ想像できないほどの異なった情景である。

 だが、人の目には濃緑一色で変化に乏しく見える静かな盛夏の森こそ、実際には、もっとも活動している森の姿ではないかと思われる。植物は炎天の日差しを受けて光合成を活発にし、森を棲みかとするもろもろの生物は、もっとも繁殖活動を盛んにしている時季ではないか。その活動のほとんどが人の目に見えないだけなのだと思う。むしろ、春から初夏へかけての際立って見える森のエネルギーの全ては、この炎天の中で静かに育まれ、蓄えられているのではないか。育まれ、蓄えられた森のエネルギーは、秋の紅葉や落葉をやり過ごして、エネルギーを消耗することもなく、全ては春から初夏への彩りを競う時季、花開く時季に一挙に発散されるように見える。そのような勝手な思いを巡らせながら炎天の下の照葉樹の森を眺める。

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