2008年08月22日

Vol.01 22-23 サル社会に学ぶ 自然の中で

三戸サツエ

 子どもの頃の思い出を語るオトナ達は、きまったように、仲間達と共に山野をかけめぐり、海や川で泳ぎ、エビやサザエ、アワビ等を取り木の実や芽を探し、小鳥や小動物を友とし、群れて採取に出かけた少年少女時代を楽しく語る。そこには、みんなのめんどうを見るボスがいて、仲間の間にきまりや秩序があった。
 それは、あたかもサルの集団を見るようでもあり、また、狩猟採集していた初期の人類の生活様式を想起させる。
 大きな子の親は、
 「小さな子にけがをさせないように、よく気をつけるんだよ。」と言い、小さな子の親は、
 「兄ちゃん達の言うことをよく聞くんだよ。」
 と、さとし安心して年上の子にまかしたものである。このようにして、子ども達は自力で生きるもろもろの能力を身につけた。
 これは戦後の荒廃した日本から今日の繁栄を築く原動力となったのではないでしょうか。
 河合雅男著、「子どもと自然」の書きだしに次のような文章がある。


河合雅男著 「こどもと自然」 人類の誕生と文明の発達

 人間は幸福を求める動物である。猫や犬も快適な環境を求めはするが、積極的に幸福を追求する行動をとることはない。長大な生物の進化史の中で営々として作られた生態系の、いわば予定調和のような均衡系の中で、すべての生物はあるがままの姿で暮らしているのである。もちろん、そこには見えない競争があり、ときには血みどろの闘争もある。食うものと食われるものとのはげしい争いの関係が、生物の世界の根底にはある。しかし一方、棲み分けという平和共存の方策も、その中から生み出され、生物世界を構築する原理として機能している。
 人間はいつごろから、積極的に幸福を追求しようとし始めたのか。それは長い人類史の中で、おそらくごく最近のことではないだろうか。人類がいつこの地球上に誕生したかは、定かでない。化石人類学や分子進化学などの最近の知見によれば、たぶん500〜600万年前に高等猿類から分かれ、ヒトとしての道を歩み始めたものと考えられる。初期人類の生活様式は狩猟採集であったが、約1万2000年前に農業と牧畜という新しい生業が始まった。人類の歴史をかりに500万年とするならば、人類はそのうち約499万年は狩猟採集の生活を送ってきたのであって、農業と牧畜の発明はごく最近始まったことにすぎない。
 農業と牧畜の発明は、人類史の中でも際立った大きな革命的事件であった。このことによって、人類は自然を自らの手で改変することを覚え、人為による生産手段を獲得し、やがては自然を征服し管理する方向に向かったのである。そして、文明の発達によって、幸福を手に入れることができると信ずるようになった。
 科学的思考および自然科学という学問を手に入れることにより、人類は物質文明を発達させていったが、いつしか幸福は物質的に豊かになることによって獲得できる、という錯覚に陥ってしまった。わが国においても、第二次大戦後の惨憺たる疲弊を克服し、高度経済成長の後の科学技術の進展による物質文明の発達は、目を見張らされるばかりである。戦後の苦境の中で、誰がこの豊かな状況を予想しえたであろうか。
 われわれを取り巻く環境は、あっというまに人工化し、急速に自然が破壊されてしまった。昭和30年頃までは、東京都の23区でもトンボやカエル、バッタなどの野性小動物がけっこうたくさんすんでいた。ところが、30年から40年までの間に、それらはすっかり姿を消し、農村でも農薬の大量使用によって急速に動物たちは消滅してしまった。戦後生まれの人たちも、しばらくの間はセミやトンボ捕りに興じ、川遊びや木登りに夢中になって、自然とたわむれた記憶を持っている。しかしそうした幼少年時代を支えていた環境が一挙に崩壊し、子どもたちは自然とのつきあいを断ちきられてしまうことになった。
 一昔前は、道路に子どもたちが群れていた。今は自動車が道路を占領し、子どもたちはそこからすっかり駆逐されて、家の中に閉じこめられてしまった。多くの子どもは小さな家で飼育され、学校では厳しい管理の下に画一的な教育で締めつけられている。そして、テレビやオーディオセット、ファミコンなどの電子器具に埋もれ、無機的な世界の中で密室文化に耽っている。まるでクモの巣にかかった蝶が、もがきながら体液を吸いとられていくように、子どもたちは過剰な情報の網の目の中で、もがきながら精神を衰弱させていく。

 幸福をもとめる人類が、いまの子どもに、はたして幸を与えているでしょうか?
いまいちど考えてみよう。
森の中の子ども
 いまの母親は、遊びに行く子どもに、
「小さい子どもは連れていかないように、けがをしたら、おまえの責任になるから」
 と、言う。これは現在の社会状況の中から生まれた、責任回避、自己中心的な思想の産物ではないでしょうか。
 密室文化の中で孤独になった子どもを、いまいちど広い自然の中に飛び出させ、仲間と共に遊び、学び、考え、自力で生活できる能力を育てたいと思う。そうした場所が失われつつある現在、幸いここには山あり海あり、森もある。その中でまだ小動物たちが歓喜の合唱をつづけている。この一帯を次の世代までも残さなければならない。我々の世代でもうこれ以上自然を失ってはならない。21世紀をになう子どもたちのためにも........。

河合雅男 河合雅雄 かわいまさを

1924年兵庫県に生まれる
1952年京都大学理学部卒業
専攻:生態学・人類学
現在:京都大学名誉教授・(財)日本モンキーセンター所長・愛知大学教授

著書:「ニホンザルの生態」(河出書房新社)
「ゴリラ探検記」(講談社学術文庫)
「森林がサルを生んだ」(平凡社)
「学問の冒険」(佼成出版社)
「少年動物誌」(福音館書店)ほか






『こうしま 幸島 HAPPY ISLAND 1992. SPRING』の表紙及び22〜23ページより転載。


このコンテンツ及び写真等は、発行人の許可を得て、冊子『こうしま 幸島 HAPPY ISLAND』より転載したものです。オリジナルを出来るだけ忠実にコンテンツ化しているため、ページのつなぎ目や文字が重なった写真やイラスト等は、特別な加工を行わず、そのまま掲載しています。


こうしま 幸島 HAPPY ISLAND 1992. SPRING

発行日:1992年1月31日
発行所:財団法人幸島自然保護センター設立準備委員会
発行人:三戸サツエ(〒889-33 宮崎県串間市大字市木150)
写真協力:宮崎日日新聞社、芥川仁、河野充、中原聡
イラスト:有明小の子供たち、篠原太郎
posted by みやざきの自然 at 20:37| こうしま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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