2008年08月22日

Vol.01 18-20 幸島とそのサルたちの価値

サル学研究発祥の地

岩本俊孝


幸島とそのサルたちの価値


餌づけの成功

 幸島は昭和9年に、国の特別天然記念物に指定されています。その自然の価値は、第一に数々の亜熱帯的要素を含んだその植物相の豊富さにあります。宮崎の温暖な気候条件下にあって、林内にはアコウやビロウ、バクチノキのような亜熱帯性の樹木が生い茂り、地面にはさまざまなランやシダ類がそだっています。幸島を訪れたら一歩林内に足を踏み入れていただくと、その自然植生のすばらしさが分かると思います。
 幸島のもう一つの重要な価値は、もちろんニホンザルの群れです。幸島の群れは昭和23年から京都大学の今西錦司博士を中心とするグループによって研究が始められ昭和27年8月餌づけに成功しました。これは、研究のための餌づけが行われた世界で初めての試みでした。この餌づけにより、サルが近くで観察できるようになり、その複雑な社会の仕組みが次第に明らかにされて行きました。その意味で、幸島は世界の霊長類学の発祥地であります。多くの外国の研究者が一度は幸島を訪れてみたいと言うのは、幸島のサルの文化的行動のせいばかりでなく、サル学の発祥の地を一度見てみたいと思っているからなのです。


文化的行動

 文化的行動は、餌づけが成功した翌年、昭和28年の9月に初めて観察されました。当時1歳半くらいであったF111という雌の子ザルが、砂浜で与えられたサツマイモを小川までもっていき、その表面についた砂を洗い落として食べているのが観察されたのです。もし、この新しい食べ方がこの個体の個人的なクセだけで終わっていたならば、幸島のサルは「文化ザル」という名誉ある称号を与えられなかったでしょう。しかし、この新しい行動はその後遊び仲間であるオスの子どもや、さらにはこの雌の母親へと伝播することになります。そして、昭和31年までには30頭の個体中11頭までがこの行動を身につけてしまったのです。さらに、昭和33年以降、この行動の伝わり方に大きな変化が現れました。今までは、遊び仲間とか、子から母親へという方向に伝わっていたのに、この年を境に母親から子へとこの新しい行動が伝わって行きはじめたのです。すなわち、新しい行動が最初は伝播していたのに、しばらくすると伝承へと変わっていったのです。これは、大変重要な点です。なぜなら私たち人間の文化の伝わり方とそっくりだからです。人間の文化も最初は確かに一人がはじめ、まわりに伝播した後、それが世代を通じて伝承されることになります。これが幸島の芋洗い行動が文化的行動であると考えられる由縁なのです。その他の文化的行動に、麦選別行動(砂金堀り行動ともいう)、おちょうだい行動、いま問題になっている水泳行動などがありますが、どの行動もいま述べた芋洗い行動と同じ様な経路を通って伝播・伝承することが確かめられています。
 もちろんこういう研究結果は、世界で初めての報告でありました。すなわち、動物に、本能によらない新しい生活様式の発明と、世代を越えたその伝承が存在するということは、どの国の生物学者も考えたことはありませんでした。そのため、この観察結果は最初多くの反対に出会うことになります。しかし、その後の動物行動学の進展や、日本の研究者の熱心な研究発表により、次第にその正しさが認められ、現在の動物行動学の分野では当然の説として受け入れられるようになりました。現在、この分野の教科書では必ず幸島のサルの研究例が引用されるようになっています。
 さらに、この幸島のサルたちの文化的行動は、外国のテレビ科学番組でも何回か紹介され、世界中の人たちが見ています。いまや、幸島は単に宮崎の幸島ではなく、世界の幸島になっているのです。


幸島のサルの系図

 幸島のサルの貴重さは、その文化的行動だけにあるのではありません。幸島のニホンザルは、すでに5世代40年にわたって、全てのサルの経歴が調べられてきています。これ程までに長期にわたって、群れの個体の歴史が残っているサルの群れは世界中どこをみてもありません。母系制度を基本とする霊長類の社会の成立ちを調べるうえに、極めて貴重な資料を幸島のサルは提供し続けているのです。この成果は、私たちヒトの社会の起源を知る上でも大きな助けとなるでしょう。
 幸島のサルには、一貫した命名法がとられてきています。すなわち、雌は植物の名前、雄は動物の名前というように代々命名されてきているのです。また、同じ母親からの子どもには必ず頭文字がつけられています。例えば、ウメというメスの産んだ子は、上からメバル、メギ、メダカ、メロン、メジナというようになっています。ひとたび名前を聞けば、それが雄か雌か、またどの雌の子どもかわかるようになっているのです。幸島にいったら一度名前を聞いてみてください。


石波海岸
石波海岸


すぐれた自然教育の場

 幸島は、すぐれた自然教育の場でもあります。陸から孤立している島であるため、人手が入りにくく自然環境がよく保たれています。また適度に陸から近いため、一般の人も比較的容易に訪れることができます。同時に、そこに棲むサルの生態や社会を、自然状態に非常に近い形で、また安全に(サルからおそわれたりせずに)観察することができます。普通の野猿公園では、絶対にこうはいきません。
 しかし、そのような場が保たれるには、人もそれなりのルールを守る必要があります。重要なことは、サルの生活をできるだけ邪魔しないことです。幸島のサルは、朝8時頃に一度必ずオオドマリという浜に出てきます。そこで10時くらいまでゆっくり毛づくろいをして過ごした後、おなかを満たすための遊動にでかけ、午後はずっと採食を続けます。彼らにも彼らなりの生活のリズムがあるのです。それを壊すと、サルは自分たちの健康や正常な社会を維持するための生活を続けることができなくなります。
 幸島のサルは、自然生活を基本にしています。観光客が餌を与えることは絶対に控えてください。また、幸島にはできるだけ午前中にいくことにしましょう。サルはある時間をはずすと見れないということを理解することが、実は真に自然の動物としてのサルを知ることにつながるのです。


幸島のサルの管理

 幸島の所有者は串間市です。従って、行政的には串間市が管理をしていることになっています。しかし昔から市木村民は神様の使者としてサルと島を大切に守り、昭和6年から天然記念物運動を始め、昭和9年12月やっと指定されました。当時市木村で餌を与え保護して来ましたが、戦時中中止されました。戦後行政の手でサル捕獲が行われ村民が困っている所へ京都大学の霊長類研究グループがやって来、研究が始まりました。
 長い研究上の歴史から幸島のサルについては、実際には京都大学の霊長類研究所の出先機関である幸島観察所が面倒をみているわけです。幸島のサルについては長い研究の歴史があります。従って、どのくらいの餌をどのように与えれば、群れのサルの健康状態を壊さずにある個体数を維持できるかという指針があります。それが、現在のほぼ100頭という毎年安定した個体数を生みだしているのです。
 ここで観光客が増えて勝手に餌を与え始めますといくつかの重要な問題が生じます。
 第1に、むやみな餌の供与が個体数管理を不可能にし、個体数の増加を引き起こします。
 第2に、これまでは観光客の皆さんに餌をもっていかないようにとお願いしていたため、サルとヒトとのトラブルが非常に少なく両者のよい関係が出来上がってきていたのに、それが壊れてしまいます。いわば、サルのヒトずれが起こってしまい、日本中あちこちにある野猿公園のサルと変わらなくなってしまいます。そして、しまいにはサルを自然のものとして観察したり理解したりできなくなるでしょう。
 第3に、勝手な餌づけが行われると、群れの一部あるいはかなりの部分が海岸近くから離れなくなったり、あるいはボートの音を聞いたら遊動をやめてしまって海岸に駈け戻ったりすることになります。その結果、群れとしてのまとまりが保てなくなります。まとまりが希薄なニホンザル社会は、大変弱いものです。分裂が起こって、消滅することさえあるのです。さらに、餌を十分に得るための遊動を頻繁に阻害されることになれば、サルの健康状態にも影響が出始めるでしょう。
 「水泳ショー」も大きな問題を含んでいます。
 第1に、天然記念物の一部であるニホンザルの生活を、公的な機関でない一部の業者が、営利を目的に改変してしまうという法的な問題がまずあります。
 第2に、寒い時期に無理やりに水に入らせると、抵抗力の弱くなっている個体を容易に死なせることになります。一昨年の冬の高い死亡率はそれが原因であったのではないかと考えられれています。
岩本俊孝  第3に、出産して間もない雌が、新生児を顧みず海に飛び込むことによって、子が溺死してしまう可能性があります。
 以上のように、管理を伴わない無軌道な餌づけは、幸島の学問上の価値を失わせ、幸島のサルの社会を破壊してしまうばかりか、宮崎県民の文化程度までも疑わせる結果を招くことになるでしょう。


岩本俊孝

昭和23年1月福岡に生まれる。45年九州大学理学部卒業。50年九州大学大学院卒業。以後宮崎大学教育学部に勤務。現在、宮崎大学教育学部助教授。幸島ニホンザル、アフリカヒヒの生態、アカウミガメの生態調査に携わる。
現住所:宮崎市神宮西1−59



こうしま 幸島 HAPPY ISLAND 1992. SPRING






『こうしま 幸島 HAPPY ISLAND 1992. SPRING』の表紙及び18〜20ページより転載。


このコンテンツ及び写真等は、発行人の許可を得て、冊子『こうしま 幸島 HAPPY ISLAND』より転載したものです。オリジナルを出来るだけ忠実にコンテンツ化しているため、ページのつなぎ目や文字が重なった写真やイラスト等は、特別な加工を行わず、そのまま掲載しています。


こうしま 幸島 HAPPY ISLAND 1992. SPRING

発行日:1992年1月31日
発行所:財団法人幸島自然保護センター設立準備委員会
発行人:三戸サツエ(〒889-33 宮崎県串間市大字市木150)
写真協力:宮崎日日新聞社、芥川仁、河野充、中原聡
イラスト:有明小の子供たち、篠原太郎
posted by みやざきの自然 at 20:36| こうしま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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