2008年08月22日

Vol.01 17-17 幸島のトビ

鈴木素直

 幸島のトビ  幸島は陸に近く、島全体が森林のため、山野性、水辺性の鳥類が生息している。
 初回はトビに登場してもらう。
 トビは石波海岸でもよく観察できるが、幸島のサル達に関係があるのだろうか。それについては宮崎大学の岩本先生の話がとても印象的だった。
 「トビの群を見ながら、ああ今日はサル達が島のどの辺りにいるなと見当をつけている」というわけである。
 なぜそんな推測ができるのか。岩本先生は両者の関係を深く調べられたわけではなく、長い観察経験の中で体得された直感なのかもしれない。それにしても、先生の研究者としての態度、観察眼の的確さをよく示していると思う。
 三戸先生も言われたことがある。「そういえば、死んだ赤ん坊ザルを抱きつづけていた母ザルが、ちょっと岩の上にそれを置いた隙に、トビが舞い降りてひっさらったことがある。」
 トビは帆翔(はんしょう)(はばたかずに気流にのってとぶ)しながら地上、水上をたえずたんさくしている。サル達のいる所に食い残しとか餌になるものがあることを知っているわけで、お互いに共生関係を保持しているといえる。
 これは幸島だけに見られることではなく、トビの群の帆翔の理由の一つには、餌探しがあり、他の動物・人間の動きや場所の中に餌の存在を確認できることを知っている。
 トビを見つけたら、是非人間を含めた自然を視つめるためにまわりをよく観察してください。それは生物の多様性を多様のままに理解する機会になるし、新しい生物科学の方法を育てることに結びつくだろう。
 宮崎県内ではトンビとも呼ばれ、鳶と書く。英語名はBlack Kite。全体が黒褐色でたこのように帆翔するからだろう。
 ワシタカ科のれっきとした一員なのだが、ほかのワシ・タカと違った習性をもつ。格好いい「狩り」をすることは少なく、食性は小哺乳類、鳥類、両生類、魚類、昆虫類などだが、弱ったり死んだものを食べる。
 昔は街の、今は河川・海岸の「自然界の掃除屋さん」ともいわれたが、尊い存在であり、リサイクル様式の一例といえる。
 トビの存在価値について、柳田国男はすでに「鳶の別れ」(大正15年)でふれており「進歩と名づけられる人類生存方法の変更」に疑問を出している。
 幸島のサル文化を考えると共に、トビ文化にも思いを広げるため、石波海岸でじっくり観察されることをおすすめする。
(環境庁自然公園指導員)

 幸島のトビ


鈴木素直 すずきすなお 鈴木素直 すずきすなお

1930年台湾に生まれる。1934年故郷宮崎県に移り育つ。1952年宮崎大学学芸学部卒業。宮崎県立盲学校を振り出しに、木花小、住吉小、本庄小、富田中、大久保小、瓜生野小で教鞭をとり、1986年退職。


現在:日本野鳥の会評議員。
   環境庁自然公園指導員。

著書:詩集「夏日」、「瑛九秒」、「野鳥とみやざき」、「野鳥はともだち」

現住所:宮崎市西高松町1の18





『こうしま 幸島 HAPPY ISLAND 1992. SPRING』の表紙及び17ページより転載。


このコンテンツ及び写真等は、発行人の許可を得て、冊子『こうしま 幸島 HAPPY ISLAND』より転載したものです。オリジナルを出来るだけ忠実にコンテンツ化しているため、ページのつなぎ目や文字が重なった写真やイラスト等は、特別な加工を行わず、そのまま掲載しています。


こうしま 幸島 HAPPY ISLAND 1992. SPRING

発行日:1992年1月31日
発行所:財団法人幸島自然保護センター設立準備委員会
発行人:三戸サツエ(〒889-33 宮崎県串間市大字市木150)
写真協力:宮崎日日新聞社、芥川仁、河野充、中原聡
イラスト:有明小の子供たち、篠原太郎
posted by みやざきの自然 at 20:36| こうしま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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