2008年08月22日

Vol.01 14-16 幸島にあそぶ /有明小学校



幸島にあそぶ /有明小学校 若者ザルの旅と帰ってからの群れへの入り方
久保田貴史 6年


 11月18日、PTAの講演会で、幸島のサルの研究を長年なさっている、三戸サツエ先生が、「わたしの孫は100ぴきのサル」という題で講演なさいました。ぼくは、その中で「若者ザルの旅と帰ってからの群れへの入り方」がとてもいんしょうにのこりました。
 それは、サルが、7歳ごろになったら、群れをはなれて、海をおよいで、山などに行って、修行をするそうです。ぼくは、武者修行みたいで、とても、おもしろそうだと思いました。でもときどき、方こうをまちがえて、町の方へ行って、けいさつにつかまって、島にもどされるというサルもいるそうです。そして、何年か、修行をした若者ザルは、島にもどりますが、すぐ群れに入るのではなく、群れの外の方で、群れを守るそうです。群れに入るまでは、こどものおもりをしたり、メスのサルの毛をつくろったり、いろいろと、がまんにがまんを重ねて、やっと群れに入るそうです。そして、男のサルはそれぞれ、階級があり、群れに入ると、群れに入っている男のサルの後の階級になります。そして、上のサルが死んだら、1階級上がります。それをくり返してやっと一番上のサルになるそうです。その一番上のサルになったのは、お母さんが、低い階級だったからがまんすることができるからです。小さいころ上の階級だった若者ザルは、いばるくせがついてしまって、まだ、一番上になったサルがいないそうです。そして、一番上になったサルは、群れの中でけんかがはじまると、初めにかかってきたサルをおさえて、かむそうです。でも、けがをするほどは、かまないそうです。そのほかにも、子ザルのおもりなどをするそうです。そして、年よりになってからは、二番目に一番上をゆずって、だんだんと群れをはなれて、最後は死んでしまうそうです。


幸島にあそぶ /有明小学校 おサルさん三戸先生へ
上野美穂 3年


 幸島のおサルさんは、どうして、山のぼりや高い岩、木のぼりがうまいのですか?
 オスのおサルさんは、母と子のグループにいれてもらえないから、ほかの島や山に、むしゃしゅぎょうとゆうのにいくそうですね。
 そして、むしゃしゅぎょうは、1匹でいくのですか?それとも、なにかのグループでいくのですか?
 三戸先生、あの山みちは、おサルさんたちが、じぶんたちでつくったみちですか?
 あのターザンみたいのもさるがつくった物ですか?
 メスは、こども、どんなばしょでうむのですか?
 三戸先生、わたしは、たいしょういわをたのしみにしていました。
 でも、たいしょういわは、すなでうまっていたので、ざんねんでした。
 でも、すこしみえました。たいしょういわは、そうとうおおきいいわでしたんですね。
 三戸先生、わたしは、おサルさんたちを見学して、おもったことがあります。それは、子ザルや親ザルがけんかをしたりしたら、すぐやめるところがいいなーと思いました。
 三戸先生、わたしは、幸島をわたったところのかいがんのいしがすごくきれいないしだなーと思ったので、10ったぐらい、おばあちゃんと、おじいちゃんのおみやげとして、持ってかえりました。
 わたしは、かえって、ひろったいしのうらに、
「幸島遠足 H2年11月13日」とかきました。そして、おもてには、おサルさんが、にっこりわらっている顔や目をくりくりサルやおもしろい顔をかきました。
 私は、そのおサルさんのかおのかいてあるいしを記念にしました。
 三戸先生、ありがとうございました。


幸島にあそぶ /有明小学校 「幸島のおサルさんへ」
河野 誠 3年


 幸島のおサルさん、えんそくのときおもしろかったです。そして、おサルさん、大きなしまをもってて、いいね。そして、イモをあらったりむぎをあらったりして、それでせいかつしてるんだね。発見や発明をしてリーダーを中心にしてむれをまもって、子どもをそだてて、いきているんだね。まるで、にんげんせいかつみたいだね。そして、リーダーがはなれたなか、リーダーは、むしゃれんしゅうをして、何年かたって、かえってきて、てきとむかっていくんだね。



幸島にあそぶ /有明小学校 幸島に行って
松山智浩 6年


 僕は、行く前早く幸島に行きたいと思いました。まだ1回も幸島に行ったことがないからです。
 自転車の二宮さんがわざわざ自転車を点けんしてくれました。
 行く時、上り坂を止まらないでいこうと思ったけど半分の所までしかいけませんでした。
 おしていたら、しらない中学生が自転車でかるがるいったのですごいなあと思いました。
 幸島でサルに3回とびつかれました。1回目いもをもっていたらいきなりとびかかってきて2回目は、さわったらきました。3回目にらみつけたらとびかかりました。
 浜に帰る時船のエンジンがかからなくて、かかったことはかかったけどすぐやんで3回もくりかえしてよくみたらひでき君がガソリンのせんをつかんでいました。
 そしておりる時ひもをひでき君がとって上げようとしたら船がどんどんはなれていった時もうだめだと思いました。そしておちて、おばさんが手をにぎってやったから下半身だけぬれてひでき君が船をもち上げてくれたような気がしました。
 帰るとき、下り坂を男子がほとんどはだかになっていて、ぼくもなりました。とても気持ちがよかったです。
 三戸先生がいろいろおしえて、どうもありがとうと思います。


幸島にあそぶ /有明小学校 私の孫は100びきのサルを聞いて
中島清か 6年


 私は、三戸先生のお話を聞くまで、「幸島」って聞くとどこか軽べつするような気持ちをもっていました。なぜ、軽べつするような心が生まれてくるのかというと、幸島=サルの国=すごく野蛮な国という発そうがあったからです。でもそれがちがうという事が、三戸先生のお話を聞いてよく分かりました。なぜなら、サルの社会にもある身分の上下を乱したりしないし、子を思う親の気持ちは人間と変わらないからです。
 初代リーダーのかみなり。このリーダーはすごいです。島中をあちこちとびまわり、けんかのちゅうさいをし、他のサルの行いを正したりしているからです。又、仲間もかみなりをそう敬し、失明してもだれも意地悪をせず温かく見守ってあげていました。ふつう、上の者がたおれた時、皆“野心”というものがあるのでそこに、トップのざにつこうとします。しかし、幸島のサルからみれば前に述べた様な事は考えもつかない事だったでしょう。
 もう一つ印象に残った事、それは、赤ちゃんザルをいつまでもだき続ける母親。他のサルからいやがられてもずっとだきつづける母親。すごいなあと思います。


幸島にあそぶ /有明小学校 幸島のサルを説明してくれた三戸先生へ
安村真紀 6年


 “幸島”これで2、3度目行くことになるのかな?
 11月18日の講演会の話で“行きたい”という人が出てきた。学級会でも市木に行くことにする方がいいという人も出てきて市木の幸島に行くことに決定した。
 サイクリング当日!そわそわどきどき、胸が高まった。みんなも同じ気持ちだと思う。
 6の2の親子づれ、道案内や安全対策のためにいろんな父母たちも協力してくれた。出発したのが午前8時20分。有小から中学校へ、中学校から秋山へいろいろ休けいしながら少しずつ少しずつがんばった。長い上り坂があってもみんなでやりぬいた。長い下り坂は気持ちよくて心の中がすっとした感じで三戸先生の家へ行くと、水戸先生はあたたかくむかえ入れてくれたこと。私はとってもいい人だとすぐに分かった。
 サルを見るには午前中に。ということでお弁当を帰ってきてから食べるというようにして三戸先生の家を出た。ついたら三戸先生の話をちょっときいて船に乗って幸島まで行った。
 みたら“かわいい”なんて思ったけどえさを友達がもっていてとびかかってくるのでとってもかわいくないと思ってしまった。そばにくるだけでもこわかった。でも三戸先生の話をきいたり、山に登ったりしているうちに、サルは自然の中で生きてるんだと思ってサルへのこわさがどこかへとんでいって、とってもかわいかった。三戸先生どうもお世話になりました。


幸島にあそぶ /有明小学校



幸島にあそぶ /有明小学校 私の孫は100ぴきのサル
石崎正人 6年


 ぼくは、11月18日、体育館で、三戸サツエ先生が、私の孫は100ぴきと言う話をしてくれて、ひっぴりおばさんがそこらへんにあった食べ物を、おさらといっしょにとっていって、おさらは、げんかんの前において食べ物だけとってにげるのがおもしろかったです。でもおかのサルは、そのまま食べ物だけとってにげるのに、そのサルは、おさらといっしょにとって行って、すこしは、れいぎただしいんだなあと思いました。
 それでサルのおかあさんは、子供を生んで手もかさないでただ生まれた子供だけの力でしがみついているのがたくましいんだなあと思いました。


幸島にあそぶ /有明小学校 三戸先生ありがとう
黒木奈緒 3年


 三戸先生、わたしが一ばんおもしろかったことは、まるで子ザルが人げんみたいに、わざとおこってあそぶことが、人げんとおんなじみたいです。人げんとサルは、三戸先生、おんなじみたいです。
 えさをやるとき、母ザルは、子ザルにわけないでだいじょうぶなのですか。人間ならしんでしまうのにどうしてなのですか。父ザルは、どうして、グループにはいってはいけないのですか。子ザルと、わかれるのはつらくないの。父ザルは、むしゃしゅぎょうにいくのですね。わたしは、とってもすごいとおもいます。
 リーダーのカミナリは、なんさいまでいきたのですか。たぶんほかのサルのなんばいもいきたとおもいます。カミナリがすわっていたいわは、どのくらいあったのですか。グループは、なんこぐらいあったのですか。ねるときってどんなところでねてたのですか。人げんとはちがって、たかいところで、あつまってねてたのでしょう。ごはん、木のみに、いもにむぎ、ピーナツしかたべないのですか。いもをあらっておいしそうにたべていました。まるで、人げんがたべているようでした。ピーナツのからやら、いもをなまでたべるなんて、はがとっても、かたいんですね。サルは、人げんのたべにくいものも、きのぼりも、できるなんてとってもすごいです。森の中はとってもきゅうなさかで、すごいところにすんでいるとおもいました。森からおりてきて、はまにくるサルは、みんなげんきなサルなんですね。三戸先生みたいです。魚をとるということやむぎを洗うことやいもを洗うことなどをみつけるなんて、とってもすごいサルですね。なぜおとなのサルは、あんまりみつけられないのですか。人げんは、おとなのほうがあたまがいいのに、ちがうんですね。サルっておよぎがじょうずなんておもっていませんでした。どのくらいじょうずなのかとおもっていました。どのくらいおよげるんですか。人げんの、ばいなんでしょうね。山は、どのくらいあるのですか。ずいぶんするのですね。こんどきたときは、もっといろんなことをいっぱい、しりたいとおもいます。


幸島にあそぶ /有明小学校 ありがとう。有明小学校の皆さん
三戸サツエ


 平成1年12月、有明小学校から幸島まで、6年1組全員が河野先生に連れられて自転車で見学に来ました。
 幸島のオオドマリでサルを見学し、そのあとサル道をたどって森を歩き、木と語り、山の中でのサルの生活を見、ターザンのようにカズラで遊び、石波の広い砂浜で思いきりたわむれました。そして、また再び自転車で帰っていきました。有明小学校といえば片道30キロはあるでしょう。途中、山あり谷ありの坂道です。
 その峠との敢闘、汗だくだく。12月だというのに遂に上着をぬぎ一人の落伍者もなく無事に帰った知らせを受けたとき、思わずバンザイとさけびました。この困難をやりとげた皆さん。このたくましさは、きっとこれから自力で生きる力の原動力となることでしょう。
 また皆さんのとどけてくれた感想文、わたしの宝物です。
 その翌年の秋、今度は有明小の3年生一同でサルを見学にやって来ました。そのときここに自然保護センターを設立する話を聞いた皆さんが、児童会に提案し、児童会の委員が再び訪れてその内容をしらべ、遂に全校児童でカンパして基金をとどけてくれました。それは10キログラムもありました。
1円〜     4,934円
5円〜     2,550円
10円〜    3,610円
50円〜    350円
100円〜   6,100円
500円〜   1,000円
1,000円〜  2,000円
合計    20,554円


 涙の出るほどうれしゅうございました。この一帯を自然の動物園とし、皆さんが学習したり、遊んだりするお手伝いのできる日を一日も早くと、願ってがんばります。
 ありがとう。ほんとうにありがとう。



『こうしま 幸島 HAPPY ISLAND 1992. SPRING』の表紙及び14〜16ページより転載。


このコンテンツ及び写真等は、発行人の許可を得て、冊子『こうしま 幸島 HAPPY ISLAND』より転載したものです。オリジナルを出来るだけ忠実にコンテンツ化しているため、ページのつなぎ目や文字が重なった写真やイラスト等は、特別な加工を行わず、そのまま掲載しています。


こうしま 幸島 HAPPY ISLAND 1992. SPRING

発行日:1992年1月31日
発行所:財団法人幸島自然保護センター設立準備委員会
発行人:三戸サツエ(〒889-33 宮崎県串間市大字市木150)
写真協力:宮崎日日新聞社、芥川仁、河野充、中原聡
イラスト:有明小の子供たち、篠原太郎
posted by みやざきの自然 at 20:35| こうしま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。