2006年08月31日

うみがめの産卵調査

木佐貫 冬星(2006年 08月 31日)


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7月と8月にウミガメの産卵地である木崎浜でウミガメの産卵を見届ける観察会が行われた。(宮崎野生動物研究会が行っているウミガメの調査に参加させていただいたもの。串間先生ありがとうございました。母注)

この観察会には僕も参加し、ウミガメの産卵跡などを見た。
数回観察会は行われたが、ウミガメを見ることは出来なかった。
しかし、ウミガメのタマゴを見ることは出来た。
宮崎大学生が子供の国の海岸でウミガメのタマゴを見つけたのだ。(調査に参加している宮崎大学のサークル、ワイルドライフアソシエーションの皆さんのこと。母注)
写真はそのタマゴを孵化場に移植する場面である。

そして8月の観察会最終日。
我々はいつもどおり木崎浜の加江田川河口から清武川方面に向かって歩いた。清武川の側には6月初めに産まれたウミガメの子供達が孵化して歩いた跡が残っていた。

そしてそのころ、清武川の青島側で観察をしていた宮大生達がウミガメを見たというのだ。その後彼らはタマゴを見つけて戻って来た。タマゴはわずか5センチくらいの大きさである。
そのタマゴを孵化場に移植した後、我々は6月に移植されたタマゴを掘り出すことにした。
ウミガメが孵化した時に、穴の中には子供が数匹取り残されるらしいのだ。穴を掘ってみたがほとんどのタマゴはまだ孵化していない。仕方なく埋めようとしたその時、僕は手に砂とはちがう別の感触のものがあるのに気付いた。僕の手の先には体長わずか5〜10センチほどのウミガメの子供がいた。

その子供を海まで運んでやって、ウミガメの子供を海に放した。
ウミガメは孵化してからアメリカを目指して旅立ってゆく。
一人前になって日本に帰ってくるのは1000頭に1・2頭だと言われている。今回僕らの放したウミガメは日本に戻ってくるのだろうか、いや、日本に戻ってくることを信じていたい・・・

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2006年08月29日

森の傷あと

坂元 守雄(2006年 08月 29日)


綾の森に入ると、人が森に関わったさまざまな痕跡に出会う。木材搬出のトロッコ道をはじめ、炭焼き釜であったり、木材搬送索道コンクリート盤台であったり、川中神社の古参道であったりする。綾の森は古い時代から、人と森との関わりがあり、それらは記録に残っていることもあり、記録にはないまま森の中に痕跡だけを残しているものもある。痕跡さえ残さず森の中に消えた人と森との関わりもあるのであろう。

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 写真は「照葉大吊橋」から上流へ約2キロの綾南川渓谷で撮ったもの。川を見下ろす斜面の高さ5メートルほどの所に、傾斜に抗うようにしっかり根を張って立つシイである。幹周1,5メートルほどの幹の表面には幾重にも巻かれたワイヤーの痕が残り、幹を傷つけていたことがわかる。伐採の際に搬送の支柱にしたものであろう。

 綾の森は、大正時代から大規模な伐採がはじまり、現在の森のほとんどはその後に成長した二次林である。その二次林も昭和30年代からの拡大造林政策によって伐採されるようになった。先見的な偉業として語り継がれている、1967年(昭和42)の、郷田実町長の先導する伐採反対運動によって残された吊り橋周辺の森を表の綾の森と言えれば、とくに綾北川斜面のあまり人の目に付かない大森岳北面は伐採された部分が多く、裏の綾の森と言える。

 写真のシイは表の綾の森の中にある。シイが残した傷あとは何時の伐採によるものであろうか。それほど古い傷あとにも見えないので、近年、部分的な伐採があったのかもしれない。いずれにしても、人が森に関わった痕跡から、森の歴史を知り、過去の関わりをたずねたりすることは、これからの森との関わりを考えるうえで大事なことのように思われる。
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2006年08月20日

こなら亭はクモ屋敷

木佐貫 篤(2006年 08月 20日)


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 こなら亭には生き物がたくさん住んでいることは以前にも書きましたが、クモもその一種です。季節ごとに様々なクモが巣を張り獲物を待ち構えています。

 もちろん巣を張らないクモもたくさんすんでいて、さながらクモ屋敷。夕方から巣を張り始め、夜から朝にかけて獲物を待ち構えている様です。

 朝、朝刊を取りに家から出る時には気をつけないと人間がクモの巣にとりこまれてしまいます。

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 先日、たまたま獲物がかかっているのを見かけました。このように大きな虫(キリギリスの仲間か?)がかかることもあるのですね。クモにはとてもよいごちそうだったことでしょう。

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2006年08月07日

真夏の森

坂元守雄(2006年 08月 07日)


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 炎天の続く8月の初旬、濃緑一色に染まった綾の森は、群青の空の下に静かに横たわったように見える。時折、真っ白な雲が現れ、尾根に沿って移動し、そして消える。渓谷からかすかに谷川の流れの音が聞こえ、むせ返る森の暑気の中で清涼な気分を漂わせながらも、むしろそのことによって真夏の森の静けさは増幅しているように感じられる。

 春先から初夏にかけて、森の1本1本の樹木が言葉では言い尽くせないほどの彩りの変化を見せて、照葉樹の持つエネルギーの全てを表出したような比類のない美しさを演出した森が、この時季、濃緑一色に静まり返る森の風景は、双方の情景を知った人でなければ想像できないほどの異なった情景である。

 だが、人の目には濃緑一色で変化に乏しく見える静かな盛夏の森こそ、実際には、もっとも活動している森の姿ではないかと思われる。植物は炎天の日差しを受けて光合成を活発にし、森を棲みかとするもろもろの生物は、もっとも繁殖活動を盛んにしている時季ではないか。その活動のほとんどが人の目に見えないだけなのだと思う。むしろ、春から初夏へかけての際立って見える森のエネルギーの全ては、この炎天の中で静かに育まれ、蓄えられているのではないか。育まれ、蓄えられた森のエネルギーは、秋の紅葉や落葉をやり過ごして、エネルギーを消耗することもなく、全ては春から初夏への彩りを競う時季、花開く時季に一挙に発散されるように見える。そのような勝手な思いを巡らせながら炎天の下の照葉樹の森を眺める。

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2006年08月04日

水まき

木佐貫 篤(2006年 08月 04日)


 夏のこなら亭の仕事の1つに「庭の水まき」がある。

 庭にはいると直射日光を木々がさえぎるおかげで、庭の外からすると1〜2度くらい温度が低いようでほっとする。

 でも強烈な宮崎の夏の日差しを一日受けるだけで、地面がかなり乾燥してしまう。そのため天気の良い日は必ず夜に水まきをせねばならない。やぶ蚊との戦いもオプションでついてくる夜の重労働なのである。

 でも、ここ2、3日は夕方から夜にかけて夕立がきて雨をたくさん降らせてくれたので水まきは一休み。ラッキー!
posted by みやざきの自然 at 15:28| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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